128 研究系及び研究施設の現状
3-4 電子構造研究系
基礎電子化学研究部門
西 信 之(教授)
A -1)専門領域:クラスター化学、電子構造論、物理化学
A -2)研究課題:
a) 新奇金属アセチリド化合物の構造と物性
b) 炭素−金属ハイブリッドナノ構造体の創成(遷移金属アセチリド化合物を用いて炭素被覆ナノ金属ワイヤー、磁性 ナノロッドを作る。)
c) 超高速分光法によるフォトクロミック反応,光異性化反応ダイナミックス d) 分子クラスターイオンにおける分子間相互作用と電荷移動・エネルギー移動 e) 液体中でのクラスター形成による局所構造の発生と“ Micro Phase” の生成
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 我々は,遷移金属アセチリド化合物(MC2:M = Mn, F e, C o, Ni )を開発し(特願 2004-026797),その構造,磁気特性,電 子物性などを調べている。C oC2については,無水物は立方晶系であるが,空気中でこの結晶が水分子を吸収すると, 正方晶系に構造変化を示して(C oC2)2(H2O)の水和結晶となると強磁性を発生することが明らかになった。また,径10
−20 nm程度,長さ300 nmのロッド状結晶とした時,この化合物は室温磁石となり,室温で 670エールステッドの保 持力を示すことを明らかにした。一方,線形分子として知られる銅アセチリド,Cu–C≡C–Cu分子を特殊な条件下で 液相合成すると,5− 25 nmの直径を持ち,500 nmから 1 µm 以上の長さを持つワイヤーの合成に成功した。この他, 様々な金属アセチリドの合成を試み,構造,形状,磁性,触媒特性を調べている。
b) これらのアセチリド化合物は,高温加熱,電子線照射,真空紫外レーザー照射等によって中央に金属結晶を,周囲に 共役炭素層を生じる。鉄アセチリドは,平均の径が 30 nmのα 鉄結晶の周りにグラファイトが生えてくるという特 異な構造を発生する。これは,F e − F e 原子間の距離が,グラファイトの C1− C4の距離と 0.8% の誤差範囲で一致し ているという偶然によっている。生えたグラファイト層は3 nmを超えたところで結晶平面に添う形となり厚さは, 3.5 nmと内部の鉄結晶のサイズによらず一定となる。これをGraphitic skinと呼んでいる。このskinの存在によって, 内部の鉄の表面は化学的に安定となり,酸化されない。更に,鉄表面の原子が炭素と直接結合しているため,異方性 が生じ,同じサイズの純粋な鉄粒子に比べて5倍程度の大きな保磁力を示す。さらに,ヒステリシス曲線は温度の上 昇に対して大きな変化を示さず,スピン反転緩和時間が極めて大きいという有利な性質を示す。このような,金属結 晶−炭素層の直接結合の生成は初めから鉄と炭素分子がイオン結合しているアセチリドを出発点としていること に 由来 するが ,こ れ を膜 構 造にする こ とを 検 討し ている 。強 磁 性膜 −非 磁性伝 導 膜− 強磁 性 膜の組 み合 わせ は spintronicsにおいても重要な接合界面を形成する。今後は,粒子ばかりでなく,2次元の薄膜構造形成やこの上の3 次元構造形成に向かう必要がある。一方,Cu–C≡C–Cuナノワイヤーの加熱や光あるいは電子線による励起によって, ワイヤー中央に直径 2.5 nmの銅芯が炭素皮膜に覆われた形でできる。これは,銅原子の径が 0.25 nmであるから,動 径方向には10個の銅原子が並ぶのみである。このような少数の原子で構成される動径成分がワイヤー方向に無限個
研究系及び研究施設の現状 129 並んでいるモデルを考えると,金属芯の中心の原子のカラムのエネルギー準位が最安定となり,電子は中心を移動 することになる。これに対して外周の炭素と接する銅原子は最も高いエネルギーを持つことになり,この原子上の 電子は,状況によっては内部に移動し,炭素から電子を引っ張ることになる。即ち,炭素筒被覆の銅ワイヤーの外側 と内側では電場勾配が発生し,炭素と銅の接合がダイオード的な働きを示すと期待される。これらの組み合わせに よって様々な量子伝導特性が観測されると期待される。
c) ジアリルエテンを初めとする様々なホトクロミックシステムや光異性化を示す分子系のフェムト秒・ピコ秒時間 分解スペクトルの観測を通じて,これらの反応のダイナミックスを調べている。主として,九州大学等との共同研究 を中心としている。
d) イオントラップトリプル四重極質量選別システムと,赤外,可視・紫外波長掃引レーザーシステムとを組み合わせ て,質量選別された特定のクラスターに光を吸収させ,エネルギーが最終的には付着したアルゴン原子等を解離さ せることを利用して,クラスターの吸収スペクトルを測定している。得られたスペクトルと精密な理論計算によっ て得られたスペクトルを比べあわせて,構造決定を行っている。最近は金属イオンの水和構造の決定を行っている。 東京大学,九州大学,および東北大学との共同研究が主体となっている。
e) 混合系を中心とした液体の中のクラスター構造を,低振動数ラマン分光や液滴の断熱膨張による質量分析を中心 に調べている。福岡大学および佐賀大学のグループとX線散乱や理論計算などを複合的に組み合わせて,液体の分 子的描像を得ようとしている。特に,溶質と溶媒のミクロな相分離状態について系統的な研究が行われている。
B -1) 学術論文
Y. INOKUCHI and N. NISHI, “Infrared Photodissociation Spectroscopy of Protonated Formic Acid and Acetic Acid Clusters,” J. Phys. Chem. A 107,11319–11323 (2003).
C. OKABE, T. NAKABAYASHI, N. NISHI, T. FUKAMINATO, T. KAWAI, M. IRIE and H. SEKIYA, “Picosecond Time-Resolved Stokes and Anti-Stokes Raman Studies on the Photochromic Reaction of Diarylethene Derivatives,” J. Phys. Chem. A 107, 5384–5390 (2003).
K. KOSUGI, M. J. BUSHIRI and N. NISHI, “Formation of Air Stable Carbon-Skinned Iron Nanocrystals from FeC2,” Appl. Phys. Lett. 84, 1753–1755 (2004).
Y. INOKUCHI, K. OHSHIMO, F. MISAIZU and N. NISHI, “Structures of [Mg(H2O)1,2]+ and [Al(H2O)2]+ Ions Studied by Infrared Photodissociation Spectroscopy: Evidence of [HO–Al–H]+ Ion Core Structure in [Al(H2O)2]+,” Chem. Phys. Lett. 390, 140–144 (2004).
Y. INOKUCHI, K. OHSHIMO, F. MISAIZU and N. NISHI, “Infrared Photodissociation Spectroscopy of [Mg·(H2O)1–4]+ and [Mg·(H2O)1–4·Ar]+,” J. Phys. Chem. A 108, 5034–5040 (2004).
C. OKABE, T. NAKABAYASHI, Y. INOKUCHI, N. NISHI and H. SEKIYA, “Ultrafast Excited-State Dynamics in Photochromic N-Salicylideneaniline Studied by Femtosecond Time-Resolved REMPI Spectroscopy,” J. Chem. Phys. 121, 9436–9422 (2004).
H. MACHINAGA, K. OHASHI, , Y. INOKUCHI, N. NISHI and H. SEKIYA, “Infrared Photodissociation Spectra and Solvation Structure of Mg+(CH3OH)n (n = 1–4),” Chem. Phys. Lett. 393, 264–270 (2004).
K. OHASHI, K. TERANOBU, Y. INOKUCHI, Y. MUNE, H. MACHINAGA, N. NISHI and H. SEKIYA, “Infrared Photodissociation Spectroscopy of Mg+(NH3)n (n = 3–6): Direct Coordination or Solvation through Hydrogen Bonding,” Chem. Phys. Lett. 393, 264–270 (2004).
130 研究系及び研究施設の現状
A. HARA, Y. KOMOTO, K. SAKOTA, R. MIYOSHI, Y. INOKUCHI, K. OHASHI, K. KUBO, E. YAMAMOTO, A. MORI, N. NISHI and H. SEKIYA, “Electronic Spectra of Jet-Cooled 3-Methyl-7-Azaindole Dimer. Symmetry of the Lowest Excited Electronic State and Double-Proton Transfer,” J. Phys. Chem. A 108, 10789–10793 (2004).
B -4) 招待講演
西 信之 , 「C H3-, C2H5- 基を含む会合性分子水溶液の低振動数ラマン分光で見た分子間相互作用」, 関西学院大学研 究会 , 兵庫県三田市 , 2004年 7月 .
B -5) 特許出願
特許番号:3413491, 「質量分析用インターフェース、質量分析計および質量分析方法」, 西 信之(岡崎国立共同研究機構 長), 米国特許 , 特許番号:Pat. 6,620,624, 2000年 .
特願2002-013694, 「磁気クラスター、磁気記録媒体、磁気クラスターの製造方法、および磁気記録媒体の製造方法」, 西 信之(岡崎国立共同研究機構長), US Pat. A ppl. 10/347,600, 2002 年 .
特願 2004-026797, 「遷移金属アセチリド化合物、ナノ粉末、および遷移金属アセチリド化合物の製造方法」, 西 信之、小 杉健太郎(自然科学研究機構長), 2004 年 .
特願2004-026839, 「炭素被覆遷移金属ナノ構造体の製造方法、炭素被覆ナノ構造体パターンの製造方法、炭素被覆遷移 金属ナノ構造体。及び炭素被覆ナノ構造体パターン」, 西 信之、小杉健太郎(自然科学研究機構長), 2004年 .
B -6) 受賞、表彰
西 信之 , 井上学術賞 (1991). 西 信之 , 日本化学会学術賞 (1997).
B -7) 学会および社会的活動
文部科学省、学術振興会等の役員等
日本学術振興会特別研究員等審査会専門委員 (2004-2005). 学会誌編集委員
Chemical Physics Letters, member of A dvisory Editorial Board (2005-2008).
科学研究費の研究代表者、班長等
文部科学省 ナノテクノロジー支援プロジェクト「分子・物質総合設計支援・解析支援プロジェクト」総括責任者 . その他
総合研究大学院大学物理科学研究科研究科長 (2004.4-2005.3).
B -8) 他大学での講義、客員
名古屋工業大学工学部 , 「クラスターの科学」, 2004年 7月 22日 .
研究系及び研究施設の現状 131 B -10)外部獲得資金
基盤研究(B ), 「分子イオンクラスター蒸着法による高密度電荷集積と光刺激ダイナミックス」, 西 信之 (1995年 -1999年). 基盤研究(B ), 「水溶液中の特異なクラスター集合構造の発生と機能の発現」, 西 信之 (1999年 -2002年).
日本学術振興会未来開拓学術推進事業 , 「光によるスーパークラスターの創成とその光計測:単分子磁石の実現」, 西 信之 (1999年 -2004年).
文部科学省 ナノテクノロジー支援プロジェクト「分子, ・物質総合設計支援・解析支援プロジェクト」, 西 信之 (2002年-2006 年).
C ) 研究活動の課題と展望
ナノレベルで金属原子と炭素原子のハイブリッド化合物をアセチリドとして実現し,更にこれを用いて金属原子結晶とグラ ファイトのような炭素層を接合し,金属に結合した皮革や炭素ナノチューブとして金属ワイヤーを包接することに成功した。 まだ,きれいな結晶として炭素層を成長させる段階には来ていないが,これらの「金属炭素接合」は,内部の金属核を安定さ せるばかりでなく,電子状態として電気伝導特性およびスピン結合という点から見て極めて重要な意味を持っている。特に 数nmのサイズの場合は,金属層の接合表面付近は半導体的な不連続準位を形成し,しかも,HOMOに入っていた電子が 中心の金属のフェルミ準位に流れ出て接合界面の金属原子はプラスのホールを形成すると予想される。一方,金属に結合 した炭素層では,接合面の準位が最安定となり,外殻表面では最も高くなる。即ち,金属−炭素界面では電荷分離接合状態 となっており,このような構造では光伝導特性も興味が持たれる。一方,アセチリドを用いた炭素被覆ナノ粒子では,金属核 を数ナノとした場合,水素吸蔵における水素分子解離触媒としても,優れた性能を発揮することが明らかになっている。課題 は,調べれば調べるほど興味深いことが沢山出てきて,現在の陣容だけではとても追いつかないことである。ナノ接合系の 開発は困難も多いが,化学的にも物理的にも今後大いに発展する事が実感される。